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<今週の説教要旨>

4/21 「始まりのとき」マルコ15:33-16:8 ~イースター礼拝~ 川内裕子牧師

<彼女たちが見たこと 彼女たちが聞いたこと>

イースターは、何の罪も見出されないまま罪に定められたイエス様が十字架にかけられて死んだ後、3日後に復活したことを記念するものです。イエス様に従ってきた女性たちは、油を塗って葬りの準備をしようと墓にやってきます。懸念していた墓の入り口の大きな石は、転がしてあり、中に入ることが出来ましたが、イエス様はおらず、天使がおり、女性たちはますます驚きます。

 彼女たちは天使からイエス様が復活されたことを聞き、弟子たちに伝えるよう言われます。

 

<恐ろしくて>

 しかし女性たちは恐ろしさに震え、墓から逃げ出しました。天使からの伝言も話すことが出来ませんでした。私たちは、自分の力の及ばないことに出くわした時に、恐ろしい、と思います。彼女たちは、この時、神の出来事と出会ったのでした。死んで終わり、だから葬りの準備を、と考えた彼女たちが出会ったのは、生と死を分けている重たい石を開き、その死を破り、イエス様は復活してここにはおられないという事実でした。神のなさることは、人の思いをはるかに超えて思いがけないものでした。女性たちは、その神の業に触れ、心からの恐れを覚えました。

 神の業との出会いは、彼女たちを変えます。マルコによる福音書にはこの後別の結びの文章があり、それによると、女性たちはイエス様の復活を弟子たちに伝えたとあります。今このように私たちがイエス様の復活を知らされていることからも、彼女たちがそうしたことがわかります。心底の恐れから語ったからこそその言葉は真実の言葉として語られ、受け止められたでしょう。正気を失うほどの恐れから、彼女たちは新たに語り伝える者と変えられたのです。

 

<始まりのとき>

 以前イースターの日の朝、苦境の中にある友人からファックスをもらいました。「イースターは私たちの新年です。イースターおめでとう」。

女性たちは従ってきたイエス様が殺されてしまった、という最も途方にくれ、絶望の時にそのイエス様の復活の出来事に出会いました。私たちが今どんな状況に置かれ、どんな困難に直面しているとしても、イエス様の復活の出来事は私たちの前に立ち上がっています。

 

 イースターは始まりのときです。神さまが開いてくださった始まりのときを私たちは恐れを持ちつつ、受け取っていきましょう。

 

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