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<今週の説教要旨>

9/16 「どうぞ、いっしょに」 レビ記 7章11~27節 川内裕子師

1・主に近づく時

 今日もまた、私たちはおのおのさまざまな思いを持ってこの場所に集められていることでしょう。イスラエルの民も、主に近づき、向かい合っていく状況はさまざまです。レビ記1章~5章では、5種類の献げ物について語られています。3章では和解の献げ物について記されています。

 

2・和解の捧げもの

今日ご一緒に読む聖書の箇所では、和解の捧げものについて、もう少し詳細に記されています。和解の捧げものを表す言葉には、シャローム(平和)と同じ語源の語がつかわれています。「平和の捧げもの」と言うこともできます。この捧げものがささげられる時は、喜ばしく、楽しい状況です(申命記27:7など)。和解の捧げものは、他の捧げものとは違うことがあります。和解の捧げものは、民が犠牲にささげたものを食べることができる唯一のものです。

 

3・一緒に食べる

以前鹿児島の教会にいた時に、小さな子どもと育児者の会を行っていました。そこで大切にしていたことの一つは、一緒に食事をする、ということでした。共に食卓を囲み、食べ物を分かち合うことは、同じものを身のうちに取り込み、糧とすることでもあります。食卓でやり取りされることは、単なる食べ物だけではなく、共に過ごす時間や思いも、なのです。

 

4・どうぞ、いっしょに

 和解の捧げものは、主に脂肪と血とがささげられ、主もまた共に食卓を分かち合って主と共に食卓を囲む時です。同時に、捧げものを捧げた人々が、その友人たちや家族たちと食卓を囲むことでもあります。人々は主から頂いた恵みのうちから捧げものを携え持ってきます。

 

 私たちもまた、主から頂いた多くの恵みを数えます。礼拝に私たちが携え持ってくる心と体、時、すべてのものは、私たちが頂いたものの内からの主への捧げものです。礼拝でささげられる賛美、祈り、み言葉への応答も主への捧げものです。私たちは互いにささげたものを分かち合い、感謝しまたそれぞれの場へと新しい一週間を遣わされていきます。ささげるに倍する恵みを頂き、どんな時も共に歩んでくださる主に感謝しつつ。

 

 

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