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<今週の説教要旨>

11/11 「立つも座るも」 民数記 9章15~23節 川内裕子牧師

1)しるべなしでは

 先日本州から訪ねてきた友人が、帯広は自転車で町をサイクリングするのに、迷子になりそうだなあと言っていました。普通は目立つ建物などを道しるべにしながらサイクリングするそうです。帯広は碁盤の目で同じような街並みが続いており、覚えにくいとのことでした。

さて、出エジプトして荒れ野を旅しているイスラエルの民。道しるべの建物もない荒れ野の旅です。彼らの旅の道しるべとなったのは幕屋を覆った雲でした。

 

2)道しるべとも、時しるべとも

 その雲は、主が示したものです。出エジプト記(1322)を見ると、主は昼は雲の柱、夜は火の柱で民を導いたとあります。幕屋の上に立った雲は昼も夜もはっきりと行くべき道を示しました。そしてさらにいつ出発し、いつとどまるかという旅の時のしるべともなりました。民はその主の示しに、忠実に従いました。

 

3)「今」を生きる

 乳と蜜の流れるカナンの地に導かれるというゴールを示されながらも、民はどこを通って、いつそこに着くのか、わからない旅を続けたのです。「今」のことしかわからないまま。

 雲のしるべは、いつ動くかわかりません。出発は今日なのか、明日なのか。それとも何カ月も先なのか。そして、どの方向へと向いて出発するのか。絶えず続く日常を続けながら、民の心にはいつも雲のしるべへの注目があったことでしょう。主の導きは、今どうなっているのか。

 それは私たちも同じです。どこへゆくのか、いつゆくのか、あるいはいつまでなのか。私たちが人生を歩む中で必ず持つ問いでしょう。私たちはさまざまな計画を持ちつつ日々を歩みますが、本当のところは「今」を積み重ねつつ歩んでいるのです。

 

4)立つも座るも

 

 雲はイスラエルに先立ち、離れずに民を導きました。私たちが立つも座るも、主の慮りの中に入れられています。今主に従って歩んでいる、という時の積みかさねが私たちの道のりとなります。繰り返し主に祈り、問いを投げかけながら、今を導いてくださる主に信頼して歩みましょう。

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